三國連太郎さんが、14日午前9時18分に90歳で死去しました。

急性呼吸不全で都内の病院で死去されたのですが、近親者の方々が、三國連太郎さんの家を訪問し、食事をされました。その中に、石川さゆりさんもいたのです。石川さゆりさんは、三國連太郎さんと親しかったんですね。

三國さん、↓かなり活躍されていましたね。youtubeの動画を貼っておきます。


三國連太郎さんと言えば、飢餓海峡や釣りバカ日誌などで有名です。名前を聞いても分からない人がいるかもしれないけど、釣りバカ日誌の「スーさん」と言えば分かるのでは?

三國連太郎さんは、善魔でデビューをしたのですが、若い人は知らないでしょうね。他にも、ビルマの竪琴や犬神家の一族にも出演されていました。やはり、時代を生きてきた人だけあり、演技はとても良いですよね。死去されて残念です。

84年には紫綬褒章、93年には勲四等旭日小綬章を受章しているのです。すごい方です。それに、息子は、あの俳優の佐藤浩市さんなのです。佐藤浩市さんは、三國連太郎さんが死去されてからマスコミに「親父は死に顔にも威厳があった」と言っていたのですが、最近ではそういう言葉をいう人が少なくなってきたので、とても珍しい・・・・と感じるでしょう。自分自身の親の事をそう言えるのは、親を乗り越えられていないからでしょう。死去しても、これから先、人々の心に残る俳優になるはずです。

この三國連太郎さんは、苦悩や怒りを演じたり優しさや笑いを呼んだりする人でした。その変幻自在の国民的な名優が、皆に惜しまれながら死去したのです。でも、2012年9月には、体調不良で首都圏近郊の療養型病院に入院をしたりしていました。分かりやすく言えば、老人ホームに入っていたという事なのです。びっくりですよね。まさか?!と思うでしょう。その時は、寝たきり状態になったりしていたのです。でも、回復にむかっていたんです。

日本を代表する映画俳優の三國連太郎さんの死去。これは、個性派俳優としても芸能界や一般の方にもビックリするニュースではないでしょうか。やはり、釣りバカ日誌の「スーさん」が一番似合っていたのでは?社長でありながら、平社員と釣りをする、これって今時あんまりないですよね。そんな平社員を演じた西田敏行さんは、「私のスーさんが死去してしまった」といつかこんな日が来ると覚悟をしていたのです。でも、覚悟をしていても、信じられない気持ちがあったでしょうね。